2004.08(No.74)

ア ス ニ ア 通 信 8 月

  
 暑中お見舞い申し上げます。

   2002年にアメリカの雑誌「TIME」が2003年アジアのヒーローとして日本人5名を選出しました。松井秀喜(メジャーリーガー選手)・坂本龍一(音楽家)・オノ・ヨーコ(前衛芸術家)・朝青龍(相撲)・福島智(東京大学助教授)の5名がTIME誌に掲載されました。 

 今年の月に講談社より【指先で紡ぐ愛☆著者光成沢美】という本が出版されました。
 その本の中に次のような文章がありました。「私が出会った時、夫は全盲ろうだった。出会って
10年経っても夫は自分の妻の顔も
声も知らない。夫の名前は福島智です。」

 光成(福島)沢美さんの御主人福島智さんは9歳で全盲になり、19歳でまったく耳が聞こえなくなりましたが、普通の大学を卒業し
ていくつかの大学の客員教授を経て、現在東京大学の助教授をされています。目が見えなくて耳の聞こえない人がどうやって生徒
にモノを教える事ができるのか、そしてコミュニケーションはどうとるのか、その事はこの本の中に書かれてあります。
 そしてこの本の中には出会いから10年間の結婚生活がユーモアたっぷりに書かれてあります。多分光成様には人に言えない、いろんな苦労や出来事が数多くあったと思いましたが、暗さは微塵もなく愉快な日常生活ぶりがうかがえます。
 この本を読んで感じた事は、人の出会いには偶然はなく必然性しかないということを感じました。福島さん(兵庫県神戸市出身)と光成さん(広島県福山市出身)が東京で出会うのも偶然ではなく、そこには二人が出会うための生い立ちとお互いの感性と、それを取り巻く周りのあたたかい目と人間関係があるように思えました。

 昨年一年間の離婚数は、28万3千組で3.9組に1組が離婚しており、日本でも結婚という形は脆く崩れ去りましたが、健常者さえ精神的に生活しにくい今、こんな形で生き生きと生活する夫婦がおいでです。
 偶然本屋で見つけて読み、久しぶりによい本と出会えた気がしました。今、社会全体が大きく変化し、人の価値観の多様化とあわせ、とても生き方は難しくなりました。
 現在の日本が勝ち組、負け組という選別に走る一方で、スローライフが叫ばれるなど、対極化の状況を呈しています。
 自分を見失わずしっかりと足元を見つめたいです。聞かれた方もおられると思いますが。5月はじめにNHKラジオ放送でこの本の紹介と朗読がありました。

 どうしたら“キレイ”になれるのか

女性の永遠の課題である、どうしたら“キレイ”になれるかを考えてみましょう。
 美人の基準は芸能人やテレビタレントを見れば、その時代時代の美人度を反映しています。ただし美人タレントと好かれるタレントでは好みがはっきり分かれるようです。
 

年齢に関わらず“すてき”とか“キレイ”といわれる女性にはいくつかの共通点があります。それは、その人の持っている心模様だと思います。時代のニーズに合えば年代に関わらず男女共に人気者になれます。ワクワクしているとか、ドキドキしているとか・・・。
  そんな心模様を持っている方はキレイに見えます。

  心が満たされていれば、素顔は生き生きと輝きます。新人のタレントも芸能人としてテレビに数多く出始めると人気に自信がつくと顔に輝きが出ます。心身ともに健康である事の証拠です。 

  女性は朝晩、鏡に向かいますので、その時間に自分と向き合う事です。
 そんな時間を大切にしていますか。
 仕事や子育てを理由にイライラして、ゆとりを忘れていませんか。
 怒ったり、ムッとしたりしていませんか。時間だけはどなたにも平等です。
 

  笑顔はキレイになるための何よりの薬です。
 お化粧を落とした後に少しだけ、素顔のご自分と鏡の前で向き合ってください。
 自分と向き合うと、素顔はご自分そのものの顔ですので正直に答えてくれます。
 怒っている時は、その時々の怒りの気持ちが顔と肌に出ます。
 笑顔の時は、肌は貴女に微笑んでいませんか。
 イライラしているとやはり肌も、イライラするかのように荒れがちです。
 

  お化粧品は貴方を変えるのではありません。貴女の表の顔を装うだけです。
 装う事(もうひとりの自分の顔)によって貴女の気持ちを高めてくれて、不安を解消して気持ちを落ち着かせてくれます。
 化粧品は、そのためのお手伝いをいろいろとします。

 リラックスをしたり、良い気分を持ち続けるのは、貴女の心掛け次第です。
 芸能人でも、一次的なブームで人気者になった方はたくさんいらっしゃいますが、それでもすぐに忘れられます。輝き続ける事は、外面でなく内面にある好奇心いっぱいの心模様のような気がします。年を経ても心がピカピカで錆びつかなければ若さを維持できます。
  頑張って心を磨きましょう、心が磨かれていない生の心を“生意気”と言います。
  心が磨かれると“心意気”になります。

 

歴史散歩

《空海(弘法大師)と如意尼》

兵庫県西宮市の北に甲山があり、その中腹に神呪寺(かんのうじ)という名刹があります。開基については鎌倉末期の禅僧・虎関師練(こかんしれん)の著「元亨釈書(げんこうやしょ)」に次のような話があります。 

 第53代淳和天皇は皇太子当時に、夢のお告げによって京都頂法寺で丹後余佐郡の人・真名井まない御前「元伊勢神宮の宮司の娘」を第四の妃としました。
 この妃が神呪寺開祖の如意尼で元長5年(828)2月に
神呪寺が開かれました。
 その年の11月に空海(弘法大師)を招いて如意輪法を修めました。元長7年(830)3月18日如意輪像を思い立ち山頂にあった大桜の樹を切って空海が仏像を刻みました。その如意輪像は如意尼そっくりと言う説も残っています。
 如意輪像は神呪寺の秘仏で毎年5月18日の一日だけ公開されます。その仏像は日本三如意輪像(河内観心寺・大和室生寺・甲山神呪寺)として有名です。
 

 一説には淳和天皇の第四妃だった真名井御前(如意尼)は美人で聡明な人でしたので宮中でのいじめが激しく、いじめに耐えられなくて妃の座を辞して神呪寺を開いたといわれています。その時の開基に当たっていろいろと教えをこうたのが空海でした。空海は如意尼をモデルとして如意輪像を彫ったとの言い伝えがあります。
 そして月日が経ち如意尼が亡くなった3日後に空海は高野山で亡くなりました。又、翌日に亡くなったと言う説もあります。(空海60歳・如意尼33歳の時です)
 

 はっきりした事は分かりませんが、妃の出身(元伊勢神宮の娘)・地位(淳和天皇の第四妃)等により正確な記録としては残っていませんので、空海の信奉者はそんな事はないといい、偉大でも人間空海としてロマンスのひとつくらいはあるという空海研究者もおられます。未だにこの件に関しては様々な議論がなされています。空海の生涯は文献と伝説から見ても偉大すぎて分からない部分も多くあります。好事家の方はいろんな文献から人間的なエピソードや秘められたロマンスを捜すのも又、楽しみのひとつです。今の時代と違って、その当時身分の違いは絶対であり、お互いに想いを告白する事もできなくて、儚い想いは数多くあったと思われます。皆様のご判断は如何なものでしょうか。  

 一度高野山をお尋ねください。宗派を問わずに多くの老若男女が訪れていますので一日中奥の院には線香の煙と香りがしております。今は自家用車か公共機関で簡単に行けても、多分千年前の人々は歩いて高野山をひたすら目指しました。苦労して行き着いた場所に“おのれの聖地”を見出したと思われます。今や奥の院参道には戦国武将、大手企業の碑や有名人のお墓が数多く並んでいます。


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