ア  ス  ニ  ア  通  信   4月 2005.04(No.82  

 暦で五黄の年には異変が起きるという事は本当でした。昔から言われている格言とか言い伝えは大事にしたほうが良いと
感じます。昨年は台風と大雨に始まり、猛暑から地震、豪雪にいたる気候不順が続きました。
 
どうやら私達の行動に、地球規模で反省を促されている気がします。生活習慣病も同じことで過食偏食、運動不足は510
後に必ず、そのツケで糖尿病などとしてあらわれます。とにかく毎日の生活にメリハリをつけましょう。また、とことん生きて
いく内はアスニアグリーンを飲んで元気に暮らしたいものです。
        高知県高知市  M・Mさん   80
 新製品の健康食品に対して成る程と納得しました。私達も野菜を食べるといっても不足しがちなので、野菜代わりにアス
ニアグリーンを飲みました。
10年間アスニアさんが言い続けてきた事に対して次の一手が編み出せないくらいにグリーンは
存在感と説得力がある商品でした。
 今回のもろみ酢も小冊子をまずは読んで納得しましたので飲み始め、お客様にも紹介をするとわりにすんなり買ってくれ
ました。リピートも早いし、お客様の評判からしても良く、家族で飲んで頂けています。価格も魅力で、昔から身体に良い
というお酢をこんな形で商品にした事に満足しています。確かに先駆者のメーカーさんはおられますが、それ以上の商品内
容だと思っております。          京都府向日市 Y・Sさん    
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熟成醪酢を発売後多くの方よりご支持を頂いております。価格はもちろんですが、飲みやすさ、原材料のこだわりについても多くの方よりいろいろとご意見を頂戴いたしております。当初不安もありましたが、発売してみたら予想以上の反応にありがたいと思っております。
日本の少子高齢化社会はどんどん進行しております。気が付けば本当にお年寄りばかりの国になります。こんな状況の中本人がいかに健康で過ごせるかにかかっているといえます。本人が健康であれば家族も子供も安心して暮らせるものです。家族の中で1人でも病気がちだと家族は心痛な思いをします。本人の為、家族の為、健康で長生きをしましょう。それには毎日の生活習慣を大切にする事です。食事・運動・睡眠・そしてストレスを溜めないように楽しく過ごしましょう。笑顔と笑いが全ての健康の元です。
  
 
            時には消化器官である小腸と大腸を考えましょう
  
 口から食道・胃・腸を経て肛門にいたる約10メートルの1本の道筋を総称して消化器官といいます。消化器官は、消化と吸収によって食物に含まれる栄養素や水分を体内に取り込む役割を担います。
 
口に入った食べ物は60秒以内に食道を通過して胃に入ります。

 食べ物は胃の中に
2時間から4時間とどまって、どろどろの粥状になり小腸へ送られます。小腸では先ず十二指腸に入り、ここでさまざまな酵素や胆汁、膵液が分泌されて一気に消化が進みます。小腸で栄養分や水分の一部を吸収された食物の残りカスが大腸へと送られて大便として排出されます。食べ物は食後24時間から72時間あまりを経過して体外へ排出されます。小腸で吸収された栄養素は門脈という血管を通して肝臓に運ばれます。栄養素は肝臓で加工されて血液に乗って体内に運ばれ、人間が生きていくためのエネルギー源となります。又、栄養素を運ぶ血液はその半分が水分です。栄養素と水分は人間が生きていくためには欠かせないものです。
 そのための体外から食べ物、飲物を体内に取り込む器官といえば小腸大腸だけです。胃から送られてきた食べ物は小腸に
8時間とどまります。小腸は栄養素と水分を吸収して残りカスを大腸に送ります。残りカスは大腸を通過するのに十数時間かかることもあります。
 その間、食べ物の中に含まれていたり消化活動の過程で生じた発ガン性物質が、内壁に長く触れる事になります。長時間触れれば触れるほどガンの発生率は高まります。小腸より大腸のほうが圧倒的にガンになりやすいのはこのためです。小腸は五百円玉くらいの直径をした管状臓器で体内の長さは約
3メートルですが、大腸は小腸の倍の太さで長さは約半分の1.5メートルになります。小腸の中は内壁にヒダが多く、500万もの絨毛でびっしり覆われています。
 これら絨毛の突起物の表面も加えますと全体の表面積は
200u(約60坪)にもなります。これは消化物と接触する面を出来るだけ広くとり、水分と栄養素の消化・吸収活動を行なうための形です。
 このように私達の体内はどれひとつをとっても無駄な物はありません。今後とも健康が何より大切になりますので、食をとても大切な事だと考え、キチンとした食生活を送って下さい。
  
 
コミュニケーションって、何なのでしょうか?

 私達が普段何気なく使っている言葉に“コミュニケーション”という言葉があります。
 語源はラテン語のcommunicatio(コンムー二カーティオー)が語源であり、もともとは「共にする」
「共有する」「分配する」等の意味があります。

 一方、私達日本人はコミュニケーションという言葉を「伝達」「連絡」の意味合いで使っています。和英辞典には「共」という字は抜けています。
 日本語に訳した場合に、微妙にその表現は違ってきます。
 単に連絡事項なら、右から左へ、上司から部下へ、友人から友人へ情報が流れます。ちゃんと伝えたはずなのに、時々信じられないような間違いがおきます。伝えた側が悪いのか、受けた側が悪いのか解りませんが、コミュニケーションが悪かった事になります。

 伝言ゲームでは必ずこのような間違いがおきます。同じ言葉を共有していても伝える途中で、無意識か、その人の思い込みで変わります。
 人によって理解力、受け取り方、価値観が違うために伝言内容が無意識に変質してしまいます。情報は人によって言葉に異なる反応をし、情報処理の方式が違えば、数多くの人を通じた後では全く異なる内容になってしまいます。
 「共に」の意味合いにこだわればコミュニケーションとは、情報を右から左へ移動させるだけでなく、その場で一つの物を分けて共有するということになります。情報を動かすのでなく、動くのはもっと人の側にあるのです。人と人が同じ情報に向かって歩けば、そして心を近づけようとするとそこにはじめて「共有」が生じるのではないでしょうか。共有できることによって人は一体感を味わう事が出来ます。人がお互いに歩み寄り、同じ理解、同じ感覚、同じ価値観を共有した時にコミュニケーションが成立します。逆の場合にはコミュニケーションは成立しにくくなります。
その場合人は、同質化と異端排除に向かって突進する危険性を持っています。人々のきずなが細くなっている今、私達のような訪問販売の持っている人と人とのダイレクトなコミュニケーションの価値を見直してみたいものです。

 

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